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始皇十年の黒羊戦を終え、だんだんと、翌年の戦いへの準備が本格化してきました。

同時に、秦国内の情勢にも進展があったようですね(*^▽^*)

【1】嫪アイ事件の余波

嫪アイの秦国乗っ取り未遂事件の影響も、秦国にちゃんと発生したようですね。

呂不韋(りょふい)は脱官。

権力者ではないとしても、今後、ストーリー内に再登場することはあるのでしょうか??

そして政の母親の太后(たいこう)は、後ろ姿ながら再登場を果たしました。

雍に幽閉されていた状態から、咸陽の甘泉宮という場所に戻ってきたようですね(^^)

政からは、いつか子供たちと引き合わせると言われていた太后ですので、こちらは少し先の未来に再登場の気配もありそうです。

【2】蒙毅(もうき)って何歳(^^;)!?

始皇十一年の戦に向けて作戦を練る昌平君や昌文君、介億、蒙毅たち。

これを見ると、合従軍戦のときの作戦会議を思い出しますね(^^)

合従軍戦のときは、もう各国の軍勢が秦国の中枢に迫ろうとしている中、時間制限のある状態での作戦会議でした。

一方の今回は、秦国側が攻めて、趙軍は守備を固めている状態。

つまり、秦国側のタイミングで討って出られる戦とでも言えばよいでしょうか。

そんな作戦会議の場で筆者が気になったのは、数日に及ぶ会議だったはずなのに蒙毅(もうき)だけヒゲが生えていないという点です(笑)!!

始皇十一年の時点で、信が23歳になるんでしたっけ。

蒙恬や王賁は信の1歳上なので、24歳ですよね。

河了貂は信の言葉では「妹」のような存在と言っており、明確な存在こそないものの「四捨五入すれば20歳」かつ「信より年下」の範囲にいる可能性が高いでしょう。

仮に信23歳に対して河了貂が15歳だったとして、初登場時は信が14歳でしたよね。

その計算でいくと、河了貂は初登場時は6歳。

ん~。

ピッタリかは分かりませんが、遠くないと思うんですよね(^^;)

それで、蒙毅ね。

河了貂(推定15歳~22歳)とほぼ同年代で、兄貴の蒙恬より年下ですよね。

つまり「蒙毅(もうき)は15歳~23歳」と考えればよいでしょうか(*^▽^*)

その一方で、数日に及ぶ会議を経ても、口ひげが生えていない蒙毅。

その結果のみを考えるなら10代のころ、つまり蒙毅の年齢は「15歳~19歳くらい」と推定するのが良いでしょうか。

それにしても昌平君。

ヒゲを生やしていると少しワイルドな印象もありますね~(*^▽^*)

【3】鄴(ぎょう)攻めの問題点、解決の秘策は!?

数年のうちに急成長したという蒙毅を呼んで行われている今回の作戦会議。

介億が話を振り、その蒙毅の考える最大の問題点は兵站(へいたん)だと言います。

つまりは進軍・補給・援軍などの「ルートの確保」ということでしょうか。

兵站を鄴までつなぐのに時間がかかると。

その問題を解決しつつ、李牧にも察しの付かないパターンを探る作業はなおも続きます。

仮に鄴をとれたとして、黒羊から趙の首都・邯鄲(かんたん)を見たとき、鄴は「飛び地」になるんですよね(^^;)

単純に「短期決戦でいきましょう(^o^)!!」にはできない部分もある。

難しいところですね…。

【4】咸陽へ呼び戻される三隊長

咸陽で作戦会議が行われていたころ。

信は練兵の真っただ中、蒙恬は信にとってかわった黒羊で拠点を守っていました。

そこへ突如、隊長たちに発せられた、咸陽への帰還命令。

王賁にも届いていたようで、秦国内の成長著しい三名の隊長と、飛信隊から河了貂も、咸陽へ戻ることに。

秦国の誇る蒙武や騰ら将軍級の武将ではなく、あえて信・王賁・蒙恬の三隊長が呼ばれた意味などはあるのでしょうか??

考えてみるなら、将軍のようにどっしり陣を構えて戦を行うよりも、機動力の高い3人の隊長に任せたいものがあるのかな(^^)

昌平君らから伝えられる作戦がどんなものか、続きを楽しみに待ちたいと思います!

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